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河合 正光さん Vol.1

もうちょっと…あと、もうちょっと…。
極めたい一心で、気づけばそろそろ30年。

河合正光さん

京焼き、白磁、青白磁

1959年 京都府生まれ
1985年 京都炭山の伝統工芸師「今橋貴古」に師事し修行。
日本画家 「権貴玉」に絵を学ぶ、
1997年 大津にて独立「光工房」

「何でうまく出来ないんやろ?」
ずーっと、考え続けてきました。

手先が器用だったこともあって、大学卒業後は会社勤めではなく、何か手に職をつけたいと漠然と思っていました。卒業して2年、京都・炭山の「今橋貴古窯」の募集をたまたま見つけて、焼き物の世界を覗いてみようとふと思ったのが、作陶の道に進んだきっかけです。もともと器が好きだったとか、焼き物に興味があったとかいうわけではないんです。でも、覗いてみたらおもしろくて。見学して一週間で、その窯で働くことを決めてしまいました。焼き物といっても磁器なのか陶器なのかも全然考えていなくて、窯元がたまたま磁器だったということで磁器の道に進んだという感じなんです。

入って6年間、「裏場」と呼ばれる持ち場で働きました。日中は、窯入れ、釉かけ、荷造りなどをやって、夜になったらろくろを回す練習。毎日、仕事が終わってから先輩に教えてもらってやってみるですけど、先輩が簡単にしていることが、全然出来なくてね。それでも、何度も何度もやっているうちに、少しずつ出来てくるのが自分で感じられるわけです。見た目にはわからないかもしれないけれど、少しずつ。そうやって、もうちょっと、もうちょっと、と続けているうちに、今になってしまった……という感じですね。「何で出来ないんやろ?」と考えているうちに、こんなに月日が経ってしまいました。

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まったく興味のなかった器の世界。
でもいつの間にかこの仕事が好きになって。

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私が働いていた頃の窯元は、欠員が出ないとろくろ場に入れないしきたりでした。6年目に欠員が出て、やっとろくろを回して器をつくれるようになったんです。そのろくろ場でも、さらに6~7年修行を積み、その後、大津の石山で窯を立ち上げて独立しました。今考えると、窯元での修行期間は長かったように思いますが、その間は自分のつくったモノが器になるというのが何とも不思議で楽しかったですね。しかも完成した器を使っていくうちに「この仕事、ええなぁ」と思うようになって……器にどんどん惹かれていったんです。最初の頃は、もともと器が好きで作陶の道に入ったような人をうらやましく思う気持ちもありましたが、最近は器を何も知らずにこの世界に入ったことも、いい面があるんじゃないかなぁとも思います。器らしくない器をつくれる、とか…。(続く)

河合正光さんの作品、インターネットでもご購入いただけます。

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右都和より

河合さんの器の薄さ、美しさに一目惚れしました。大きさの異なる白磁の器は重ねても美しく、収納が絵になります。当店でも、贈答用としてもご好評いただいています。そんな河合さんにお話をじっくり伺ったわけですが、まったく器に興味がなかったなんで、ユニークな経歴ですね。言葉は決して多くない方ですが、じっくり考えて口にする様子は、ほんとに実直な方だんだと改めて知ることができました。工房は滋賀の湖西、少し山が傾斜するあたり。写真家の奥さまの作品と、河合さんの器が並んでいます。「薄いから丈夫。長持ちするんです」という言葉が印象的でした。美しい白磁、青白磁、黄磁の器を、ぜひじっくりご覧ください。

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